借家権の意義
Ⅲ 借家権
借家権とは、借地借家法(廃止前の借家法を含む。)が適用される建物の賃借権をいう。
不動産鑑定評価基準 各論第1章 第2節
借家権の評価手法
借家権の取引慣行がある場合における借家権の鑑定評価額は、当事者間の個別的事情を考慮して求めた比準価格を標準とし、自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って得た価格を比較考量して決定するものとする。借家権割合が求められる場合は、借家権割合により求めた価格をも比較考量するものとする。この場合において、前記貸家及びその敷地の1.から6.までに掲げる事項を総合的に勘案するものとする。
さらに、借家権の価格といわれているものには、賃貸人から建物の明渡しの要求を受け、借家人が不随意の立退きに伴い事実上喪失することとなる経済的利益等、賃貸人との関係において個別的な形をとって具体に現れるものがある。この場合における借家権の鑑定評価額は、当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額の一定期間に相当する額に賃料の前払的性格を有する一時金の額等を加えた額並びに自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除し、所要の調整を行って得た価格を関連づけて決定するものとする。この場合において当事者間の個別的事情を考慮するものとするほか、前記貸家及びその敷地の1.から6.までに掲げる事項を総合的に勘案するものとする。
不動産鑑定評価基準 各論第1章 第2節
借家権の取引慣行がある場合
借地権の取引慣行がある場合については非常に限定的です。
なお、「借家権割合により求めた価格」は割合法とよばれます。
借家権の取引慣行がない場合(明渡し要求により不随意の立退きを要する場合)
賃料差額法 | ①(新規支払賃料-実際支払賃料) × 一定期間 + 賃料の前払的性格を有する一時金 |
控除法 | ②(自用の建物及びその敷地の価格-貸家及びその敷地の価格) × 所要の調整 |
⇒①と②を関連づけて決定! |
①賃料差額法
(新規支払賃料-実際支払賃料)は、対象となる不動産と同程度の不動産の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額を意味しています。
一定期間とは、公共用地の取得に伴う損失補償基準(以下「用対連基準」という)細則によると、従前の建物との家賃差額が3倍超の場合は4年、2倍超~3倍は3年、2倍以下は2年という規定がありますが、鑑定評価ではこれに拘束されるものではなく、個別事情等を勘案して判定します。
②控除法
「自用の建物及びその敷地の価格」と「貸家及びその敷地の価格」の違い
自用の建物及びその敷地とは、建物所有者とその敷地の所有者とが同一人であり、その所有者による使用収益を制約する権利の付着していない場合における当該建物及びその敷地をいう。
貸家及びその敷地とは、建物所有者とその敷地の所有者とが同一人であるが、建物が賃貸借に供されている場合における当該建物及びその敷地をいう。
不動産鑑定評価基準 第2節 第2章
「自用の建物及びその敷地」と「貸家及びその敷地」は、ともに不動産鑑定評価上の「建物及びその敷地」の類型、つまり、土地・建物一体の複合不動産の類型です。
自用の建物及びその敷地は、所有者が自由に使用収益することができますが、貸家及びその敷地は、借家人が居着きの状態を前提とするため、自由に使用収益することはできません。
「自用の建物及びその敷地の価格」<「貸家及びその敷地の価格」の場合
貸家及びその敷地は収益性を前提とした収益価格が重視されますが、市場競争力を有する収益物件であれば、「自用の建物及びその敷地の価格」<「貸家及びその敷地の価格」となるケースはよくあります。この場合、手法は非適用、または、当該手法による試算価格はゼロになると思われます。
「所要の調整」の意義
「自用の建物及びその敷地の価格から貸家及びその敷地の価格を控除して得た差額」とは、賃貸人及び借家人の双方の保有利益と考えられる。「所要の調整行う」とは、この保有利益のうち借家人に帰属する経済的利益を適正に判定すること、すなわち、借家権として慣行的に取引の対象となっている部分を判定することをいうものである。
要説 不動産鑑定評価基準と価格等調査ガイドライン 住宅新報社 p382
このように、控除法の適用における「所要の調整を行う」ことが慣行的に取引の対象となっている部分を判定することをいうものであるとすると、借家権の取引慣行がない場合においては、そもそも慣行的に取引の対象となっている部分がないのであるから、所要の調整を行い得ないのではないかとも考えられる。
〔中略〕
したがって、控除法は、「自用の建物及びその敷地の価格」>「貸家及びその敷地の価格」の場合で、かつ借家権の取引慣行がある場合に有効な方式であり、借家権の取引慣行がない場合には所要の調整を適切に行うことができないことから、控除法を適用して得た価格の規範性は低く、参考に留めるべきであると考える。
令和元年6月 研究報告 借家権の鑑定評価に係る論点整理 公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 鑑定評価基準委員会 借地・借家権評価小委員会 p49-50
控除法は、借家人の存在により自用の建物及びその敷地に減価が生じる場合、当該減価の一部が借家権価格を構成するという理論が成立根拠となっていますが、上記見解のとおり客観的で合理的な説明が困難な手法です。
借家権取引がない場合における割合法の適用について
上記のとおり、割合法は借家権の取引慣行がある場合において適用する手法ですが、店舗等の立ち退き訴訟においては、借家権の取引慣行がないにもかかわらず、借家権価格を参考とされる判例がみられます。
この点、「研究報告 借家権の鑑定評価に係る論点整理」では、以下の見解が示されています。
(2)借家権の取引慣行がない場合における割合法適用の当否
割合法は、いわば取引事例比較法の簡便法とも言える手法で、市場において借家権の慣行的な取引が認められ、市場における慣行的な借家権割合が求められる場合に有効な手法である。〔中略〕一般の不動産マーケットにおいて借家権の取引慣行がほとんど観察されない現在においては、慣行的な借家権割合を求めることは不可能である。
〔中略〕
したがって、借家権の取引慣行がない場合においては、割合等の根拠を事例等で具体的に説明できない限り、不動産鑑定評価基準のとおり割合法の適用は不可能である。
令和元年6月 研究報告 借家権の鑑定評価に係る論点整理 公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 鑑定評価基準委員会 借地・借家権評価小委員会 p47
よって、割合法で求めた借家権価格を成果品として提出する場合は、鑑定評価書ではなく、調査報告書等のコンサルティングレポートとして提出することになります。
「借家権」と「立退料」
「立退料」とは
立退料とは、賃貸人から建物の明渡し要求を受けた借家人に対して、立ち退きに伴い喪失する経済的利益及び移転等により必要となる費用の給付のことをいいます。
1.建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
借地借家法 第28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
①賃貸人・賃借人の建物使用の必要性 |
②建物の賃貸借に関する従前の経過 |
③建物の利用状況 |
④建物の現況 |
⑤財産上の給付 ⇒ 立退料 |
「借家権」と「立退料」の違い
後段の鑑定評価手法は、賃貸人から建物の明渡しの要求を受けた借家人がその意志に反して立退きを要することになった場合に借家人が事実上喪失することとなる経済的利益を算出するものであり、建物利用権に相応する経済価値を求めるものである。
一方、一般に借地借家法の「立退料」は、明渡しを要求する賃貸人と立退きを迫られる借家人の衡平を図るとしながらも不随意の立退きを要することになった借家人への補償の観点から、立退きにより賃貸人から賃借人に支払われる補償額に相応する価格と考えらえる。それは借家人に帰属する(喪失することになる)経済的利益たる借家権の対価を含み、より広義的な補償対価と言える。
令和元年6月 研究報告 借家権の鑑定評価に係る論点整理 公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 鑑定評価基準委員会 借地・借家権評価小委員会 p41
つまり、「借家権」=「立退料」ではなく、「借家権」は「立退料」の一部を構成するものといえます。不動産鑑定評価基準にある、借家人が不随意の立退きに伴い事実上喪失することとなる経済的利益等に係る借家権価格は、概ね「用対連基準」の通損補償における借家人補償の部分に相当するものであり、工作物補償、営業休止補償、動産移転料等の補償額は含んでいません。